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リアルとバーチャルの狭間で

 
社会医療法人智徳会
未来の風せいわ病院
智田 文徳
   
 


ゲーム依存になるかならないかはロシアンルーレットのようなもの ─ と話すのは、精神科医の智田文徳氏だ。未来の風せいわ病院の理事長であり、自らも現役の医師として診療を行う。果たして「ロシアンルーレット」のその意味は。治療を通じて多くの子どもたちの「心」と向き合ってきた智田氏にゲーム依存について聞いた。


 
 
 
 

フェイスブックが「Meta(メタ)」に社名を変更した。「いま世界はVRに向かって動き出している」と智田文徳氏は言う。VRとはバーチャル・リアリティの略だ。日本語でいうなら仮想現実。「僕が印象に残っているのは」と智田氏は続ける。「アバターと向き合うマーク・ザッカーバーグの映像。あれはたしか現実世界でどんなに苦しいことがあっても、家に帰ってメタバースに入れば、空も飛べるし、なりたい自分になれるという内容だった」
 
メタバース。オンライン上に構築された3次元仮想空間と、そのサービスをいう。いま、そのメタバースに世界の企業が、もちろん日本企業も、金をつぎ込みまくっている。
 
「ザッカーバーグの映像を見たとき僕が思ったのは、そこにある世界、つまりメタバースの世界は、薬物依存のひとたちが見ている世界と同じなのではないかということ。リアルで生きづらさを抱えたひとたちに、そんな世界捨てちゃいなよ、こっちはいいぞ、早くこっちへおいでよと言っていて、だけどその声に誘われて行き着く先ってなんだろうって考えたら、それは阿片窟みたいなものなんじゃないかって」
 
智田氏がいう阿片窟とは、アヘンを吸わせるアンダーグラウンドな場所だ。アヘンはケシの実から採取される麻薬で、中毒者が蔓延した19世紀半ばには戦争にまで発展している。「アヘンを吸いまくって、心も体もボロボロになって、最後は死んでいくような、そんな場所だと僕には思えた」

 
 
 
 
 
 
 
 

智田文徳氏について話そう。未来の風せいわ病院で理事長を務めるとともに、自らも精神科の医師として診療にあたっている。また自身のライフワークとして県内の学校をまわり、自殺予防やネット・ゲーム依存の出前講座を行っている。平均して年40回ほど。1か月に換算すると3~4回のペースだ。医師と理事長を兼任するなかでは多忙を極める時期もあるだろう。数か月先まで予約でいっぱいになるという外来患者の数からいっても、これだけの時間をつくるのは容易ではないはずだ。いかに精力的に取り組んでいるかがわかる。
 
「好きな野球で肩を壊してはいけないように、ゲームで人生を壊してはいけない」と智田氏は言う。ゲーム障害にかかる子どもの年齢は年々低下が加速していて、特にここ1、2年は小学生の患者も珍しくない。その原因について智田氏は次のように分析する。
 
「iPhoneが登場した年に生まれたひとたちが、ちょうどいま中学生くらいになっている。だからいまの小中学生はスマホやタブレットに関しては完全にネイティブ。そもそも子育てをするのに親がスマホを使っているわけだから、そういう親を通じて彼らは本当に、生まれた瞬間から端末に触れている」
 
そうして「ここからは個人的な見解になるが」と前置き、「そのせいで前頭葉の機能が弱くなっているというか、脳が上手く発達できないまま体だけ大きくなっているひとが増えているように思う」と続けた。ネット・ゲームの歴史は日が浅く、子どもの脳の成長にどう影響を及ぼすか、科学的なエビデンスが出ていない。その状態で、制限も約束事もなくスマホやゲームを与えることに、果たして危険はないかと警鐘を鳴らす。

 
 
 
 
 
 
 
 

「子どもがゲームにのめり込むきっかけは、友達に誘われるパターンが圧倒的に多い。ただ、このとき面白いと感じるひとと、どこが面白いんだろうと感じるひとがいて、それってたとえるならロシアンルーレットのようなもの。誰がはまるかわからない。パチンコのビギナーズラックと同じ」
 
一般にはここでドーパミンが放出される体験をすると、依存に結びつきやすいといわれている。これがゲーム障害を引き起こすかどうかの、ひとつの分かれ道ではあるが、「それでもやはり」と智田氏は続ける。「ゲーム障害でうちの病院にやって来る子どもたちを見ていると、生きづらさや居場所のなさ、虚しさや悲しさを抱えているケースが多い。依存の背景にあるのは結局のところ、そういった〝心のしんどさ〟なのでしょう」
 
現実世界で居場所を見つけられず、自己効力感や自己有用感といったものを得られにくいひとたちが、ゲーム世界に引き込まれ、やがて依存になってゆくのかもしれない。ゲームメーカーがつくりだした仮想空間のなかで、彼らは優秀で、空をも飛べるくらいの万能感にあふれ、なりたい自分になっている。そんな理想の場所に、だけれど居続けてはいけないだろうか。
 
「それでも現実世界で生きろ」と智田氏は言う。「リアルはむちゃくちゃ面倒くさいし、生きていたっていやなことばかりと感じるときもある。だけどそれでも現実を生きることには意味がある。何故なら、本当の意味での充実感は、バーチャルな世界では得られないから」
 
診察室には今日も死にたいと思っている大人や子どもがたくさんやって来る。白衣に着替えた智田氏もまた、ゲームにコントロールされた子どもの「心」と向き合う。その姿はリアルとバーチャルの狭間に立ち、「おい、戻って来いよ」と呼び掛けるひとのようだ。「そっちの世界で遊んでも構わない。だけど、君たちの生きる場所はここだ」と、肉親のような声で。


(2022.7.30)
 
 


FUMINORI CHIDA◉1972年生まれ。盛岡市出身。滋賀医科大学を卒業後、北里大学附属病院高度救命救急センターを経て故郷岩手に戻る。岩手医科大学大学院を修了し、2009年より岩手晴和病院(現・未来の風せいわ病院)に常勤。県内唯一といえるゲーム障害の専門治療を行うとともに、自らの足で小中高校に出向き、ネット・ゲーム依存の出前講座を行っている。


 
 

 
 
 

撮影◉山﨑耕平/文◉和野史枝(山口北州印刷)/取材協力◉社会医療法人智徳会 未来の風せいわ病院
 

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